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沿革

1879
(明治12)年
6月1日
グリング夫妻横浜着、「合衆国改革派教会在日宣教師社団」(「ジャパン・ミッション」)創立
吉田亀太郎、吉田の両親の住む石巻および東北地方各地を巡回し、東北地方伝道の必要性をパームと押川に報告
1880
(明治13)年
8月7日
押川と吉田、東北地方を伝道視察し、東北伝道の急務をパームに訴える
新潟大火、パームは押川と吉田を東北伝道のため派遣することを決断
9月6日 押川、吉田を伴い、吉田の両親の住む石巻をはじめ東北地方各地への伝道着手のため新潟出発、9月26日に仙台に到着
10月10日 押川、北三番丁木町通角、下〈しも〉きく宅に「基督教講義所」開設
グリング夫人ハティー、女学校創設の必要を数度にわたり外国伝道局に訴える
1881
(明治14)年
5月1日
押川方義と吉田亀太郎により「仙台教会」(現「日本基督教団仙台東一番丁教会」)創立
1882
(明治15)年
6月1日
3年間にわたる準備を終えて、グリング、東京九段で伝道開始。6月4日の聖日礼拝が「合衆国改革派教会」の日本における最初の聖日礼拝
1883
(明治16)年
9月23日
「合衆国改革派教会」の日本派遣第2番目の宣教師J・P・モール夫妻横浜着、10月15 日より東京築地で伝道開始
10月18日 パーム、帰英の途につく
1884
(明治17)年
5月11日
グリングによって「元大工町教会」(のちの「神田教会」)創立
1885
(明治18)年
2月頃
モールによって「番町教会」(のちの「富士見町教会」)創立
4月21日 W・E・ホーイ、E・R・プールボー、M・B・オールトの3名、「合衆国改革派教会」日本派遣宣教師に選任さる
12月1日 W・E・ホーイ横浜着
12月4日 押川、ホーイと会見し、仙台に神学校並びに女学校創設の必要を説く
12月13日 ホーイ、グリングと共に仙台を視察する(~17日)
12月21日 グリング,モール,ホーイの3名がグリング宅で「合衆 国改革派教会在日宣教師社 団(1879年6月1日発足の所謂「ジャパン・ミッション」)としての最初の
会議を正式に開催し、グリングが団長、モールが財務担当、ホーイが書記担当と 役割分担を決定し、併せてホーイの仙台赴任を決定

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