2026.03.11 変わったけれど、変わっていない
東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故発生から15年となった今日、こども園では全園児が広場に集まり、おいわい会を行いました。礼拝を守った後、会の中で今週末、こども園を修了(卒園)する5歳児ひかり組の子どもたちに各クラスから感謝を表すプレゼント(歌や制作物)が渡された他、5歳児ひかり組から4歳児そら組へ長年引き継がれている伝統のお米づくりマニュアルの引き継ぎセレモニーがおこなわれました。
そら組の子どもたちは憧れのひかり組に進級する・できるという実感が湧いてきたのでしょう、皆嬉しそうな表情を見せてくれました。その他のクラスも一学年進級できることを喜び祝う時間を過ごしましたが、会の中で一番歓声が上がったは、何と言ってもひかり組の子どもたちの幼い時からの成長記録(映像)を見せてもらった時でした。映像が変わるたびに映し出される子ども(たち)の名前を呼ぶ歓声が広場に響き、たくさんの笑顔が溢れました。就学を間近にしていても、もも組・ぶどう組。りんご組の時の幼さがそのまま大きくなっている子どもたちも見られ、先生たちから「わ〜懐かしい!」という声が聞かれました。
式の最後には、3・4歳児が手を繋いで作ってくれたアーチ(トンネル)をひかり組の子どもたちが潜って保育室に戻るというプレゼントもありましたが、1歳児ぶどう組の子どもたちと担任も潜らせてもらうなど終始楽しく過ごすことができました。
さて、東日本大震災発災時刻に合わせ、避難訓練を行いました。丁度午睡が終わる頃ということもあり、子どもたちはコット簡易ベッド)から降り、先生たちの近くでダンゴムシのように丸まったり、テーブルの下に潜り込んだり身を守っていました。おいわい会の時にも「今日は『おいわい会』で嬉しい日だけど皆がまだ生まれていない時、大きな地震があって〜」と15年前の出来事を伝え、今なお辛さや悲しみの中にいる方々のためにお祈りすることを伝えました。
以下の写真は発災後、キリスト教保育連盟東北部会の委員として、部会加盟園の被災状況の確認と励ましのために南三陸町と気仙沼を訪れた様子です。この映像を見ると、二度と嗅ぐことがないであろうガソリン(燃料)、泥、磯の香りが混ざった嗅いだことのない匂いの記憶が蘇ってきます。
今では震災遺構として残された南三陸町、旧防災対策庁舎。当時は瓦礫が散乱していましたが、周りには何もなく庁舎を見上げながら、この一帯があんな高さの津波に飲まれてしまったことが信じられず、恐怖を覚えたことをついこの前のように思い出します。今は遺構として環境整備が進み、庁舎跡を見下ろすようになり津波が到達した建物の高さが伝わり難くなった印象を受けます。しかし、景観が変わっても、心に辛さや悲しみを抱えたまま過ごしている方々がいることは変わっていないでしょう。そのような方々と尊い命を落とした方、未だ不明のままの方々のために祈ります。
Contents
- 2026.03.11 変わったけれど、変わっていない
- 2026.03.10 countdown
- 2026.03.09 春を見つけた
- 2026.03.06 あふれる感謝
- 2026.03.05 啓蟄
- 2026.03.04 よりによって・・・
- 2026.03.03 夢中
- 2026.03.02 嬉しいね
- 2026.02.27 バスに乗って
- 2026.02.26 「はたらくくるま」と「働く大人」




