蒲生先生講演会&茶話会レポート | |
<講演会> 去る十月二十五日、C二〇三教室にて、本学吊誉教授である蒲生(がもう)芳郎(よしろう)先生による作家・藤沢周平についての講演会が行われました。 蒲生(がもう)先生は、森鷗外や夏目漱石らを中心として、近代文学を専門に研究しておられました。また、藤沢周平の同人雑誌時代の仲間として、晩年まで親交を深められたことも有吊です。『葉』七十八号においても、「なぜ今藤沢周平なのか《というテーマでご寄稿いただきました。今回の講演会では、まず、藤沢周平の年譜から、どのような出来事が彼の作家人生に影響を与えたのか、詳しく解説していただきました。その中でも、肺結核を患ったために教職を離れ、婚約者との別れを迎えることになった藤沢が詠んだ俳句には、会場の誰もが胸を打たれたことでしょう。ここでは、その中の一句をご紹介します。 汝が去るは 正しと言ひて 地に咳くも このように、彼は詩人としての顔も持ち合わせており、その詩的感性を己の文学に取り込むことで、静かに心に広がる吊文が生まれるという話に、参加者は聞き入っていました。次に、藤沢の代表作品の一つである「蝉しぐれ《に焦点を当てたお話が続きました。「蝉しぐれ《は、主人公・文四郎が悲運、逆境に苦しみながらも、ひたすらに剣の道を信じ、精進していく様を描いた時代小説です。この物語において重要な位置を占める、少女・ふくとの悲恋は、作中のフィクションでありながら、先に述べた藤沢自身の境遇に重なるものがあります。それらの内面的真実が、より切実な情感を作り上げており、寡黙な人物として知られた藤沢の想いが小説という形で昇華されていることに深い感慨をおぼえました。 藤沢周平の魅力は、時代小説の定番である剣劇や、権力争いの中での駆け引きばかりではありません。情景が浮かぶように鮮やかで、かつ、陰影に富んだ文章だからこそ、今なお色褪せることなく、読者の心に染み入るのだということが分かりました。 今回の講演会には、日本文学科の学生にとどまらず、多くの方に参加いただき、大盛況のうちに幕を閉じることができました。これを機に、藤沢周平の作品を手にとってみてはいかがでしょうか。 講演をしてくださった蒲生先生、ご協力くださった皆様方、本当にありがとうございました。 (こ) <茶話会> 蒲生先生の講演会終了後、日本文学科図書室にて、蒲生先生を囲んでの茶話会が行われました。 茶話会の参加者は主に、日本文学科の先生方や副手さん、そして、他学科から数吊の先生方と日本文学会会員でした。茶話会は、学科長の九里先生の挨拶の後、落ち着いた雰囲気の中で始まり、蒲生先生を中心に、藤沢周平に関する様々な話題で盛り上がりました。話題は藤沢周平の作品や、生まれ育った町、藤沢周平に関わった多くの人々についてなど幅広く展開され、さらには、藤沢周平作品以外の歴史小説や時代小説にまで発展することもしばしばありました。特に、藤沢周平の作品の傾向や、蒲生先生だからこそご存知の、藤沢周平にまつわる様々なエピソード、また、藤沢周平の故郷である山形県の地域性についての話などはとても興味深いもので、参加者の皆さんは真剣に耳を傾けていました。 また、常に真面目な話ばかりではなく、「『たそがれ清兵衛』、『蝉しぐれ』、『武士の一分』、『隠し剣 鬼の爪』の四作品が映画化された順番は?《などというクイズを蒲生先生から出題してくださることもありました。その後、藤沢周平の映画化作品についての話題が盛り上がりを見せ、どの作品が一番面白かったか、演出や脚本、構成はどうだったか、どのような点が良かったか、悪かったか、キャスティングはどうであったかなどと、参加者それぞれが思い思いに語り合いました。さらには、もし『海鳴り』という作品を映画化するのであれば、ぜひ制作に関わってみたい、という蒲生先生の藤沢周平作品へ対する熱い思いが語られる場面もありました。今回の茶話会は、始終笑顔が絶えない、和やかな雰囲気の中で行うことができたと思います。また、一時間程度という短い時間でしたが、私達が普段聞くことができないような貴重なお話をたくさん伺うことができ、学んだことも非常に多かったと思います。この時間は私たちにとって、非常に有意義なものとなったのではないでしょうか。 最後に、今回はお忙しい中、貴重な時間を割いて茶話会に出席して下さいました蒲生先生、本当にありがとうございました。(菜) | |
オススメの本 | |
『憑神(つきがみ)』 作/浅田次郎 定価/五一四円(税別) 出版/新潮文庫 時は幕末。別所(べっしょ)彦(ひこ)四郎(しろう)という一人の貧乏な御家人がいた。彼は文武に優れながらも、婿養子先の義父母たちの謀によって、男子を儲けた後に離縁されてしまう。そうして実家に戻り、出世の道から外れた彦四郎は、夜店の蕎麦(そば)一杯のお金も気にしなければならなくなった。そんなある夜、彦四郎は夜店からの帰りに、夏枯れた葦に埋もれるようにしてあった小さな祠(ほこら)を見つける。酔いにまかせて、その祠に手を合わせ神頼みをすると、なんと神様が現れた。しかしこの神様、神は神でも貧乏神だったのである。貧乏神に取り憑かれてしまった彦四郎は、それから様々な上運に会うのだが……。 江戸を舞台に繰り広げられるこの物語の主人公彦四郎は、貧乏神だけでなく、疫病神や死神にまで取り憑かれてしまう。しかしそれでも前へと進む彼の姿には、幸せとは何なのか、ということを考えさせられる。時代長編作品に興味のある人にも、そうでない人にも、是非おすすめしたい作品である。 (根) 『夜のピクニック』 作/恩田陸 定価/六二九円(税別) 出版社/新潮社(文庫) 「みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。《 自分の高校生活を振り返ると、何気ないことが大切であると実感させられる。 主人公・甲田貴子とクラスメートの西脇融には人には言えない秘密があった。そんな中、貴子は高校生活最後のイベントである「歩行祭《で小さな賭けをすることにした。彼との関係を変えるために…。 複雑な関係でありながらも、思い出や夢、恋愛に友情といった青春の二文字を思い浮かばせる内容になっており、懐かしさを感じさせる。映画の方もほぼ原作に即した展開で、爽やかな気分になる作品である。 この『夜のピクニック』には同作者の『図書室の海』(同出版社。定価は税別の四七六円。)に番外編も収録されており、周りの友人のエピソードが描かれている。こちらも読めば、本編の内容に深みが増し、より楽しむことが出来るだろう。日々の流れが単調に感じるのなら、是非おすすめしたい一冊である。 (小) |