私のお薦め図書(吉川幸次郎・三好達治『新唐詩選』(岩波新書))
宮城学院女子大学日本文学科 田中 和夫
 前篇(吉川分担)は、杜甫・李白・王維を中心とした盛唐の詩が講釈形式で記されている。後篇(三好分担)は唐詩の時代区分といったものによるのではなく、詩人である三好の心に残った詩が情感あふれる文章で解説されている。

 “少年の頃諳(そら)んじていた唐詩二篇があった。一は劉廷芝(りゅうていし)の「代悲白頭翁(白頭を悲しむ翁に代わる)」他は韓昌黎の「左遷至藍関示姪孫湘」。
 …(劉廷芝の詩は)字句の美というよりむしろ殆ど字々みな落花のように眼前に入り乱れて繽紛(ひんぷん)として見えた、その幻覚がなつかしい。”と、まず劉廷芝の「代悲白頭翁」が鑑賞されている。

 おそらくこうした少年期の体験と関係すると思われるが、三好達治の詩に「甃(いし)のうへ」という甘美な詩がある。
 三好は更に本書の別な箇所で、“唐詩のような古詩を読む者は、そこに詩を読むとともに、殆ど常にそこにまた歴史を読むのである。歴史といって憚(はばか)りがあるなら、そこにそくばくの古えを、大きな過去の一破片を、砂金のような一粉末をそこに読むのである。
 それは前後にたどるべき脈絡もない、ぽつんとした、小さな一消息にたいていの場合はすぎないけれども、それはまた情感を孕んだある確かなものとしては、その点では最も確かなものとして、遠い過去から生き残った微妙な消息を我らの前に伝えるのである。”という。
 古詩を読む楽しみをほとんど餘すところなく語っているように思われる。

 唐詩を読むといっても、現代の多くの人々にとって「情感を孕んだもの」として、詩句を鑑賞することは、難しくなってきているのも事實であろう。唐詩の基本的な事柄を学びつつ、読む必要がある。
 唐詩に関する基本的なことに注意しながら、唐詩を概説したものに小川環樹『唐詩概説』(岩波文庫)がある。
 取り扱われている詩の数が少ない点、物足りないところもあるが、平明な中に味わい深い解説がなされている。



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