私のお薦め図書(川島忠之助訳『新訳八十日間世界一周』)
宮城学院女子大学日本文学科 田島 優
 ジュール・ヴェルヌの作品は小学校時代から好きだった。
『十五少年漂流記』や『海底二万マイル』などを読んでは血湧き肉躍り、いつかは自分もあのような冒険に出かけたいと思った。
忍者漫画を読んでは池の上を歩きたいと思う、直ぐに何にでも影響されやすい単純な少年だった。

 大学時代、古書展でたまたま明治11年・13年に刊行された『新訳八十日間世界一周』の複製本(名著複刻全集 近代文学館)を手に入れた。
読んでみると、旋回―回旋、爽快―快爽といった字順の相反する語が多く併用されていたり、トケイという語に「時計」「時器」「時辰儀」「自鳴鐘」といった多く表記が使用されており原語によって訳し分けられていた。
 自分の専攻する日本語史の資料として興味深く、卒業論文に取り上げようと思った。しかし、学部時代の知識では扱いきれず、卒業論文では仕方なく現代語における字順の相反する二字漢語を扱った。大学院時代や研究者となってから、多くの論文でこの作品を資料として扱うことができ、私の『近代漢字表記の研究』では重要な資料となっている。
 この本と出会わなかったら、研究者になっていたかわからない。

   この本がきっかけで、明治時代におけるヴェルヌ作品についても調べるようになり、この本が日本におけるフランス文学の原典からの最初の翻訳書であったこと、明治10年代20年代にヴェルヌブームが起こったことを知った。
 ヴェルヌの作品は空想科学小説と言われているが、ヴェルヌはその当時の科学の最先端の研究を調べることによって、将来このような事が可能であろうと予想したのであった。
 したがって、彼の予想はほぼ的中することになる。
 西洋に憧れを持っていた文明開化の日本においては、ヴェルヌの作品を読むことによって、西洋文明を吸収しようと試みたのであった。

 この作品は現在『翻訳小説集 二』(新日本古典文学大系 明治編)に所収されている。



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