私のお薦め図書 |
宮城学院女子大学日本文学科 九里 順子 |
1、『戦後短篇小説再発見第1巻 青春の光と影』(講談社文芸文庫) 「青春」とは、何かがどうしようもなく軋み出す時間なのでしょうか。太宰治から田中康夫まで十一作品が収録されていますが、「青春」がそれぞれの環境と共にある個別の軋みに他ならないことを感じます。集中、最も印象深いのは、中沢けい「入江を越えて」です。 自分を取り巻く自然への克明な眼差しが、しかし描写という距離は取らずに、直に対象と感応する器官と化しています。主人公の苑枝は同じ眼差しで同級生の稔と関わりつつ、「記憶を岸にしっかりとつなぎとめて、離さない言葉」を切望するのです。 2、『齋藤玄句集 狩眼』(邑書林句集文庫) 五・七・五という最短の詩形が途方もない飛躍を孕んでいることに気づかされたのが、この句集です。函館生れの玄は若き日に、「ムムム」と題した前衛的な詩群を書いていましたが、それが却って俳句の可能性を自覚させたのでしょうか。「下界より吹雪く網走番外地」のような実に即した句から、「狩の眼で見し化野(あだしの)の花簿」「日の中に今なにあらむ枯山水」のような虚の実在とも言うべき句まであります。「掌の窪に在ればあるなり涅槃空」と、我身を突き抜けて彼方を凝視する玄の姿勢からは、極北という言葉が浮んで来ます。3、宮本徳蔵『力士漂泊』(ちくま学芸文庫) 最後は趣味に走ってしまいました。筆者は韓国のシルム観戦に筆を起し、天武天皇上覧の相撲(すまひ)へと溯り、江戸時代の看板大関月鯨太左衛門へと思いを馳せ、昭和の角聖双葉山の記憶を語ります。チカラビトが海を渡り、日本人の心性を顕在化させつつ、固有のミクロコスモスを形成して来たことがわかります。![]() |