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無題(p.n:K)

 酷く冷えた空気の中に自ら好んで好く居た。

 細く刺すような雨は鬱陶しく、いっそ結晶に変わらないかと思う。

 白い息を吐いて傘を差し、水溜りを避けて駅から家路までを歩く。さっきの授業の前に読んだ文庫の短編が、何だか妙に重く残っていた。不覚にも泣きそうになり、それを無理に押し殺したせいかもしれない。

 泣ける話だとは想定していなかった。分かってわかっていたら家でも読まない、そんな話を好んで読むわけではないのだから。そもそも、家へ戻ると読書する気すら失せる。自分は本好きだと自認してきたが、実はただの暇つぶしなのかもしれない、と唐突に気付いた。なんてむなしい事実だろう、精神上よくない。そう思ってその仮定は否定した。

 最近、不安定な自分をよく感じる。こんなことを考えるのもそのせいだし、本を読んで泣けてきたのも、雨の中を歩いているのも、きっとそのせいだろう。冷たい空気に体中満たされるのは、わずかなりともその揺らぐ感情を抑えるのに効果があった。

 中心の大きな駅から一駅、四分揺られただけのここは、新しい家屋と旧家が混在していて目にとまるものは何もない。心を乱すことのないいつもの道。その道を沈んだ気持ちで歩く視界に、不意によぎるものがあって目を奪われた。思わず空を見上げる。鈍く重い雲から白い欠片がひらりひらりと落ちてくるのが分かった。雪だ、そう確認するとにわかに、心が湧き立つのを感じた。

 どろどろに溶けて気分を重くしていた感情が、降雪によって浄化され、心として再び形を取り戻したかのような錯覚。どこからどこまでが錯覚なのか分からない。もしかしたら、今までの気分が錯覚だったのかもしれない。そして、どちらであろうと構わないのだった。

 冬の訪れ、それは僕にとってこの雪の一片から始まる。きっと僕の心は雪に触れて冷たく凍り、確かな形を持ったときに救われるのだ。それは正直な感情の発露として証明される。すれ違う人も車もない道で、僕はさっき押し殺した涙が溢れ出すのを感じた。