五大堂


 五大堂は松島海岸の象徴であり、海岸より三つの橋で結んである。伝承によると、大同二年(807)坂上田村麻呂がここに毘沙門堂を建立したものを、天長五年(828)慈覚大師が延福寺を創建したときに、改めて大聖不動明王を中心に五大明王像を祭ったと言われている。現在の五大堂は、慶長九年(1604)、伊達政宗が修造したもので、東北地方の桃山建築の先駆をなすものである。

夏目漱石に「春の海に橋を懸けたり五大堂」という句がある。明治二十七年の夏、ペシミズムに襲われた漱石が、理性と感情の制御のきかぬままに、我が運命を「天上に登るか」「奈落に沈むか」を決しようと、当時の瑞巌寺の住職であった南天棒を訪れるが、結局南天棒には会えずに帰っていった時の句である。



曽良の日記にある「帰而語、八幡社・五太堂ヲ見。松嶋ニ宿ス」とある八幡社とは、松島八幡社と言われ、もと仙石線松嶋海岸駅の東北隅の丘にあったと言われている。現在は五大堂へ渡る中の島にあるが、伊達忠宗の治世に移したと言われる。

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