壷の碑


 近世の俳人松尾芭蕉が壷の碑として「千歳の記念」と感涙したとされるのは、現在の多賀城市市川に伝えられる多賀城碑である。この多賀城碑が文学史において歌枕「壷の碑」であることを認可できるかどうかという疑問には賛否両論があり、また、多賀城碑自体にも江戸時代の偽作説が長く伝えられてきた。中世の歌人である、かの西行法師は「むつのくの 奥ゆかしくぞ おもほゆる 壷の石文 そとの浜風」(山家集)と詠んでおり、「そとの浜」とは津軽地方の海浜とされている。これが「壷の碑」としての多賀城碑否定説の根拠とされているが、歌枕をめぐる陸奥の旅に心を狂わせた芭蕉がこの和歌を知らないはずもない。文学作品『奥の細道』において、碑の所在よりもむしろ、歌枕をめぐる旅─陸奥で味わう旅抱こそが芭蕉に何かを与えたのではなかろうか。















 今日の多賀城碑は、古代・奈良時代の建造が認められつつあり、多賀城周辺の歌枕とされる遺跡の中で最も歴史のある名所として残されている。1998(平成十)年には国の重要文化財に指定されるに至った。けれども、いつ訪れても不思議とひっそりとした木立の中で、多賀城碑は世間の憶測にはまるで無関心のように沈黙している。

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