今日もひとつ 2006年6月

半年間の研修中に書かせて頂いた「ロンドン日記」は、学生さんや宮城学院の関係者だけでなく、学外の方も大勢読んで下さっていたらしく、思いがけないところで「日記読んでましたよ」と声をかけて頂いて驚いたことが何度かあった。インターネットってなんて便利で、コワイものなんだろう、と改めて思った。その後、音楽科HPの管理人から「ロンドン日記・その後」を書くようにと何度も要請されたが、忙しさにかまけて今日まで放置してしまった。しかし、管理人が一生懸命音楽科HPを活性化させようと努力している姿に心打たれ、ようやく新連載スタート!・・・・気まぐれだよ。1回で終わったらごめんね。


ロンドンから戻ってきてこの2ヶ月半に起きたことその1。連休に再びロンドンに行って、リサイタルをしてきた。イギリス人のお客の前でイギリス歌曲。さすがに反応がよくて、シェイクスピアなんてみんな暗誦してるし(きっと子供の頃学校で暗記させられたんだと思う)、ユーモラスな曲では実に愉しそうに笑ってくれ、しっとりした曲ではうっとりと詩と音楽の世界に遊んでくれる。舞台の上にいると、お客に受け入れられた瞬間というのが肌でわかるものだが、今回に限らず、ロンドンの聴衆は総じて「楽しむ」のがうまい。進行の都合で、急遽、曲間に私の解説(という名の時間稼ぎ)を入れることになり、イギリス人相手にイギリス文化の何を説明すんねん?! と心の中で自分に突っ込みながら、ネタが尽きると「皆さんのほうがよく知ってるでしょ!」と逆切れで笑いを取る関西的手法まで駆使して、こちらも存分に楽しませてもらった。日本からわざわざ聴きにきて下さったお客様もあり、本当にありがたく、励まされた。その後東京でもリサイタルがあったが、この「英国歌曲展」というシリーズは、暖かくも厳しく見守ってきて下さったお客様に育てられて、今年第10回を迎えた。音楽家はよき聴衆に育てられるということを、身をもって実感している。感謝と共に気を引き締めて、これからも丁寧に、真摯に、回を重ねるごとに成長していけますように。



その2。千葉で、昨年春に書いた作品の初演があった。演奏団体はアマチュアだがとてもよくやってくれて、その熱意ある姿勢に、正座して聴きたいような気分だった。後で、おそらく会場で聴かれた一般のお客様から匿名の感想を頂いた。「作曲家の自己満足に過ぎない」等々のご批判だった。自分の意見を(特に他人を批判する意見を)表明する以上は名を名乗るのが礼儀だろうと思うが、たぶんこの方は、自分も満足したいのにできなかったストレスを吐き出さずにはいられなかったのだろう。ごめんなさいね~・・・・ 創作して人前で発表するなどという大それた作業に従事する以上、好意的に受け止めてくれる人が半分いれば、そうでない人も半分いる、と常々覚悟はしているが、半年間気候の違う国にいたせいか、匿名批判という湿っぽいやり方にちょっとびっくりした。できればもっとからっとしたのが好みなんだけどなあ。こちらの好みを言える立場ではないのかしらん?


その3。東京で開催されたあるフェスティバルで、私の過去の作品が2日間連続で上演された。取り上げて下さった指揮者に感謝。とても親切な好意的な評価を頂き、作品にとっても発展的な機会を得られそうな、よい手ごたえだった。しかし、実は、自分自身の中では、自分の未熟さ浅はかさと限界をつきつけられたような気がして、相当落ち込んでいた。他人がどんなにいいと言ってくれても、自分自身で自分の弱さがどうしようもなくわかってしまう時というのがある。見ないふりをしようと思って目を閉じても、心にずしりと重みがのしかかってくる感じ・・・でも、仕方ない。一晩ぐっすり寝て、翌朝にはのろのろと起き出して、また一歩を踏み出すしかない。そうやって、打ちのめされては立ち直り、突き落とされては起き上がり、を繰り返しながら、少しずつ少しずつ、進んでいくしかない。うずくまっていてもしょうがないからね。


 

その4。 これはビッグニュース! ウォーキングを始めた。週末の夜遅くに1時間強のコースを歩いている。週に一度、一時間で運動不足解消と呼ぶのもおこがましいが、これまで1キロほどの距離でもタクシーに乗っていた軟弱者にとっては、たいした進歩だと思う。最近はすっかり自信をつけて、先日仙台駅近くで学生さん達と宴会をした後に、調子に乗って北仙台まで40分歩いた。7cmヒールだったが楽勝だった。でも、あれはたぶん、つきあってくれた学生とずっとしゃべってたから遠さに気づかなかっただけで、一人じゃへこたれてたかも。嫌な顔ひとつせずつきあってくれた優しいゼミ生に感謝!



忘れちゃいけないその5。半年ぶりに会う学生達はみんないい顔をしていた。半年間、それぞれなりに努力を積み重ねたことが、全身から滲み出てくる。年頃なのか、環境なのか、切羽詰っているだけなのか(?)、学生達の「成長する力」には圧倒される。人生の中で、こういう風にめりめりと音がするほど伸びる時期があるのは、なんと素晴らしいことだろう。彼女達のような急勾配は描けなくても、息を切らしながらでも、ささやかな上り坂をのぼっていたいものだと思う。



おまけ。ミヤギテレビの「OH! バンデス」という番組の取材を受けた。「猫ふんじゃった」という曲は、誰が作曲したのか、なぜここまで普及したのか、という視聴者からの質問に答える役だった。急な取材だったので、大学図書館やヤマハ仙台店さんや、いろんな方のご協力を頂いて楽譜を入手し、リサーチをした。あの曲によって、楽譜が読めなくても弾ける! という喜びを感じた子供達が全世界にどれだけいるだろう? 偉大な曲だ。詳しくは、6月26日(月)のミヤギテレビ「OH! バンデス」を16時50分頃に見て下さい。ちなみに、的確で誠実なお仕事ぶりの担当ディレクターさんは本学人間文化学科の卒業生だった。同じ会社の一期上では音楽科文化系の卒業生も活躍している。頼もしくて、嬉しい。



というわけで、舞い上がったり落ち込んだり立ち直ったり、相変わらずの毎日が飛ぶように過ぎていっております。タイトルの「今日もひとつ」は、私の作曲した星野富弘さんの詩による歌のタイトルから借題。ここまでつきあって読んで下さった優しい皆さんにも、今日もひとつ、またひとつ、よいことや、そうでないことや、いろんなことがあって、そういう平凡な毎日を、愛しく思える日々ですように。


 

2006年6月
なかにしあかね