在留外国人

宮城学院女子大学国際文化学科
J.F.モリス

目次

前書き:日本の国際化について

最近の在留外国人統計と解説 (2011.1.17更新)

過去の分析 1: 1992年以来の在留外国人統計と解説
      2: 2001年以来の在留外国人統計と解説

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日本は「国際化の時代」を迎えたと言われて久しいです。しかし、世間で諸説が流布している割には、日本国内における「国際化」=多民族化の実態について、いまだにそれほど良く知られていません。

日本には外国人が何人いるのか、またその人たちが何の目的のために来日したかをみるために、上記1992年以来の在留外国人統計とその分析をご覧になってください。

叫ばれているわりには、その「国際化」の中身とは、かならずしも明確だとは言えません。しかし、その中には、日本に在住する「外国人」の数が増えてきていること、しかも、今後もなお増え続けるということが含まれているのは、間違いないでしょう。1990年代前半の「バブル」の時代に外国人労働者が日本に職場を求めて「押し寄せて」きて以来、日本における外国人の数が確実に増え続けています。

その要因は多様であることをまず忘れてはいけません。今、統計の上で一番増えているのは、日本人の配偶者ビザの人たちであります。つまり、日本人と国際結婚をした外国籍の人であります。「国際結婚」と聞けば、すぐに思い浮かばれるのは、白人(=「外人)男性と日本人女性という組み合わせでありますが、事実、日本の国際結婚の圧倒的大部分は、逆のケース、つまり、日本人男性と外国人女性の組み合わせであります。そう言えば、またすぐに「農村花嫁」という言葉がでてきそうですが、これもまた事実と違います。たしかに、今の日本で外国人女性(おもにアジアおよび中南米=日系人女性)のいない自治体をさがす方が難しかろう。しかし、ここ地元宮城県をとってみただけでも、配偶者ビザの人の大部分は、仙台市在住となっています。日本人男性の国際結婚の増加は、けっして農村人口の過疎化が主な原因ではありません。

単一民族・単一文化を戦後一貫して標榜してきた日本社会にとっては、自分の隣人が異邦人・異民族だというのは、経験したことのないことであり、それだけに多くの不安を伴います。われら「外人」は、本当に怖いのでしょうか。世界中をさがせば、民族問題がもたらした悲惨な出来事・光景に不足ないのは、事実であります。しかし、それと同時に、民族同士が平和的に共存し助け合ってきた事例も多く存在するという事実は、見落とされているのではないでしょうか。平和国家日本が「東洋のスイス」を目指すのであれば、スイスが多民族国家としてうまれたという事実を忘れてはどうしますか。私の故郷オーストラリアも、20世紀の大半を戦後日本と同じ「単一民族・単一文化」の国家として歩んできましたが、今は、多民族・多文化の国家造りを目指しています。オーストラリアのように180℃の方向転換をはかっても、それが成功する例もあることを忘れてはなりません。自分の社会の中に、余所者が入ったことは問題ではなく、余所者であることが貧困や不平等と結びついたときに問題が起こります。日本が「国際化」を無事成し遂げようとするのであれば、そこで問われる本質は、日本の「国際化」ではなく、日本の社会が誰もにとって、それは日本人も「外人」もなく、日本国内にいるすべての人間にとって、どれだけ開けた平等な社会であるかを問われることになります。「国際化」は「外人」のためのものではなく、あなた自身のためのものなのであります。この観点から、平和的な多民族共存社会を目指すための、自治体でも出来る国際化のための6つの提言をまとめてみました。 (この「提言」は、2004年ごろにまとめたものであり、現在、時代を感じさせるものとなっている。それでもこれを現在も掲げておくのは、この提言を行なってから日本の現実がどれだけ進捗していないということを示す一つの指標となると考えるからである。)

なお、1992年以来、日本における外国人に関する若干の統計を別ページにて挙げておきます。この統計は、在留資格をもとにしたものであることをお断りします。つまり、これらの統計は、一つの目安でしかなく、在日外国人の実態を示しているとは言えません。その一例を示しましょう。

在留資格は、短期滞在、就労、修学、定住という大枠に分けることができます。日本の就労人口の統計には、学生アルバイトは含まれますが、実態として留学生のほとんどがアルバイトをしているのに、「留学」は就労ではないので、留学生を外国人の就労人口に含まないのが通例であります。私自身の例を挙げますと、職業が「大学教員」であるのに、在留資格は、まったく別の資格の「永住」となっております。さらに、日本の人口統計には、国籍に基づく統計はあっても、民族を捉える統計はありません。もしも私が「永住」ではなく、日本国籍取得という選択肢を採ったならば、私は「外国人」の統計から消えることになりましたが、街を歩く人が私をみると「日本人だ!」と思う人は、誰もいますまい。だが事実、朝鮮民族系の「日本人」が年々増えているだけではなく、私の周りを見渡しただけでもフィリピン系日本人、台湾系日本、タイ系日本人がいます。

このように、日本の民族関係が年々複雑になってきています。行政は、「外人」が増えることによる負担増を強調しがちのようにみえますが、それだけでしょうか。日本経済に対する貢献はどうなりますか。税金も年金も払っており、外国人が日本の老人を養っているのでありますが、帰国した後に外国人労働者はどういう見返りをうけるのでしょうか。年金を支払う必要のない、究極の低コスト労働だと言ったら、単なる揶揄にすぎないのでしょうか。「負担」としての側面だけではなく、われら在日外国人は、日本にとって貴重な人的資源となる可能性もあるのではないでしょうか。

(1993年ごろに執筆したものを、部分修正・加筆している。)

 

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